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三菱A6M5零式艦上戦闘機52型

三菱A6M5零式艦上戦闘機52型

■日本海軍主力戦闘機 零式艦上戦闘機
 1937年から開発をはじめ、1938年4月に試作初号機が初飛行に成功した十二試艦上戦闘機は、実用試験完了後の1940年7月に制式採用され、翌1941年夏から中国戦線における戦闘に投入されて圧倒的な航空優位を樹立した。
空母から発着艦する艦上戦闘機として開発されたが、当初は着艦フックやクルシー式電波帰投装置、主翼端の折畳み機構といった艦上戦闘機特有の装備を持たない陸上戦闘機1号1型として生産されたが、早い段階でこれらの装備を備えた艦上戦闘機1号2型に生産が切り替わり、1941年12月16日の真珠湾攻撃の際の主力戦闘機としてハワイの上空を乱舞した。
その後エンジンの強化を図りロール率向上と生産の簡易化を図った2号零戦が登場したが、期待に反して速度の向上はさはどのものではなく機動性に関しても若干の向上が見られるにとどまった。
それを得るために失ったのは燃料消費量の増大と角型主異端の抵抗増加により本来備えていた長大な航続距離であり、南太平洋方面での戦闘開始と登場時期が重なったために航続力不足は問題視されるに至った。
このため再び主翼端を延長して以前と同じものに改めた、2号零戦改が急遽開発され、航続距離こそ以前と同じとはいえないもののバランスが取れた機体に仕上がった。 2号零戦改はシリーズ中最良の横体とまで言われている。
1942年夏には呼称変更が行なわれ、最初の桁が機体の、次の桁がエンジンの改良を表す2桁制が導入されたことにより、それぞれ一一型、ニー型、三二型、二二型と呼称が改められた。
 しかし緒戦ではアメリカ戦闘機相手に活躍を見せた零戦であったが、アメリカ戦闘機が大出力エンジンを装備して速度などが大幅に向上してくると、零戦の優位も心もとないものとなってきた。
高い性能を得るために極端なほど軽量化を図った結果、パイロットや燃料タンクに防弾装備を持たず急降下制限速度も低いという欠点が明るみに出ると、それまでの型式で対抗するのは極めて難しくなってきたのである。
 このため1943年に入るとさらなる改良型の開発が開始された。
これは二二型をベースとして主翼端を50cm短縮したが、三二型のように角型ではなく二二型同様の円弧を描いたものとされた。
二二型から改造された四二型と呼ばれる試作機は1943年6月に初飛行を行ない、航続距離こそ二二型を下回ったものの三二型より優れており、最大速度は二二型の540km/hから565km/hへと向上したことが判明したため、五二型として生産が開始されることになった。
本来の呼称法からすると試作機と同じ四二型となるべきなのだろうが、この数字のゴロが「死に」につながることを避けて五二型の呼称が与えられたといわれる。
 エンジンは二二型と同じ栄二一型が踏襲されたが、生産型ではそれまでの集合排気管に換えて独立した推力式排気管が用いられ、排気のロケット効果による速度向上が図られた。
ただし生産初期はまだ集合排気管が用いられており、生産第50号機頃より推力式排気管が用いられるようになった。
生産は1943年8月から開始され三菱で747磯が完成したが、この頃にはアメリカ戦闘機の性能向上も進んでおり、新型とはいえ以前のような強さは失われていた。
1944年2月からは20mm機銃の弾倉をそれまでのドラム式からベルト式に変更することで、搭載数を200発から250発に増やしたのに加え、主翼の外板の肉厚を増加することで急降下制限速度の向上を図った改良型五二型甲の生産が開始された。
生産は三菱に加えて中島も参加しており、1944年6月までに三菱で391機が生産されたが中島生産分は以降のサブタイブを合計しているために単独での生産数は不明だ。
ただし三菱程度かそれ以上生産したものと思われる。
なお生産第270号時の機以降の機体では、燃料タンクに自動消火装置が設けられたが、その重畳増加への対処としてエンジンの自動消火装置が廃止されている。
1944年6月からは、機首に装備されていた7.7mm横銃を右側に限って13mm横銃に換装した武装強化型五二型乙が生産に入った。
また胴体下面に爆弾を装着することを考慮して、主翼下面にハードポイントを新設し150リットル容量の燃料タンクの装備を可能としている。
10月までに470機が完成したが、武装強化などによる重量増加のため2000馬力級のエンジンを備えるアメリカ戦闘機との戦闘ではますます分が悪くなってしまった。
しかし戦局の悪化はさらなる火力向上を必要とし、その具現として1944年10月から生産に入ったのが52型丙である。
丙型は主翼の20mm機関砲の外側に13mm横銃を追加し、主翼下面に空対空ロケット弾もしくは60kg空対空爆弾を搭載するラック4基ずつが設けられた。
さらにパイロットの後方に防弾銅板と防弾ガラスを取り付け、後方からの攻撃に備えていた。
また部分的に主翼外板の強化も行なわれていた。
丙型は470機が完成したが、本型で採用されたこれらの改良は当時必要不可欠のものではあったが、装備に伴う重畳増加を帳消しにするエンジンを装備することができなかったため、本来の零戦が持っていた機動性は失われ、まったく性格の違う戦闘横へ変身してしまったのである。
 後継機の烈風の登場の遅れから改良を続けられ、前線に送られ続けた零戦五二型は、太平洋戦争末期の日本海軍航空隊を代表する戦闘機であった。

1/48 傑作機シリーズ NO.103 三菱 零式艦上戦闘機 五二型/五二型甲 タミヤ

1/48 傑作機シリーズ NO.103 三菱 零式艦上戦闘機 五二型/五二型甲の画像

零戦五二型のプラモデルです。★1/48スケール、全長190mm、全幅229mm。
★実機取材に基づいて、特徴的な機首から尾翼までの流れるようなラインやエンジンカウルの繊細なカーブも精密に再現。
★細かな仕上がりの操縦室や、複数のパーツで奥行き感を表現した主脚収納庫も注目です。
★主翼フラップは上げ下げの状態を選択する事が出来き、カウルフラップは開閉選択式となっています。
★主翼機銃をベルト給弾式とした五二型甲も選択出来ます。主翼のディテールやスピナー、木製増槽など五二型との違いを完全再現しました。
★マーキングは五二型では日本海軍空母「隼鷹」の艦載機とラバウル航空隊所属機の2種類を用意。五二型甲は撃墜王として有名な赤松貞明少尉の搭乗機が再現できます。
★搭乗員の人形は着座姿勢に加え4種類の立ち姿をセット。場景作りに重宝します。

1/72三菱 A6M5 零式艦上戦闘機 52型 ハセガワ

1/72三菱 A6M5 零式艦上戦闘機 52型 ハセガワ画像

日本海軍の最も有名な主力戦闘機の零式艦上戦闘機52型です。日中戦争の途中から太平洋戦争の終結まで前線で活躍しました。
太平洋戦争初期に連合軍の戦闘機を圧倒したことから「ゼロファイター」の名で恐れられました。

三菱 A6M5c 零式艦上戦闘機 52型 丙 ハセガワ 1/48 航空機シリーズ

三菱 A6M5c 零式艦上戦闘機 52型 丙 ハセガワ画像

●「三菱 零式艦上戦闘機 52型 丙」を1/48スケールで再現したプラモデルです。
●機首部に新たに設置された13mm機銃や、主翼に増設された13mm機銃のパーツをセットした「52型丙」のキットです。
●機体は左右分割式で、主翼及び水平尾翼はそれぞれ別パーツで構成されています。
●機首カウルは別パーツ、内部の栄21型エンジン部も精密に再現、外に伸びた排気管もしっかり別パーツで再現しています。
●また、機首部の13mm機銃部や主翼に増設された13mm機銃も別パーツで精密に再現しています
●主翼フラップは別パーツになっています
●パネルラインなどは凹モールドの繊細なスジ彫りでモールドされています。
●翼端灯、尾灯はクリアパーツを使用。
●キャノピーは透明パーツを3パーツ使用して構成されています
●コクピット内部はパイロットシート、操縦桿、照準器、計器盤などを精密に再現しています。
●増槽が1個付属。
●付属のデカール
 第203海軍航空隊 戦闘第303飛行隊 谷水竹雄上飛曹搭乗機 (鹿児島1945年6月)
 第302海軍航空隊所属機 (厚木基地/1945年8月)

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