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零式水上観測機一一型

零式水上観測機一一型”

■零式水上観測機一一型
海軍最後の複葉フロート機
1935(昭和10)年、日本海軍は三菱と愛知に対して弾着観測を主任務とし併せて高い機動性も保持する艦載水上観測機の開発を命じた。
観測機に高い機動性とは相反するようだが、これは迎撃する敵戦闘機を排除しつつ観測を行なうことを目的としたもので、二義的ではあるが水上戦闘機のはしりとも見ることができる。
この要求を受けた三菱は、機動性を確保するために旧式とはわかっていてもあえて複葉形式を採用し、抵抗減少を図ってスリムな形状として金属モノコック構造を採り、補助翼などの一部を除いて外皮を金属製としたきわめて近代的な複葉機をまとめ上げた。
1936年6月には試作機が完成して愛知の機体との評価試験が行なわれたが、この試験で性能は充分ながら飛行中に自転するという問題が発生したため三菱はこの問題を改めるべく改修を行ない併せてエンジンも光1型(660hp)から完成したばかりの瑞星13型(875hp)強化型に換装したことが功を奏し1940年12月にF1M2(零式一号観測機一型)として見事制式採用が決まった。
またこの決定により、本機は日本海軍初の金属製複葉機、そして最後の複葉機というタイトルを得ている。
 採用により直ちに生産が開始され1941年から戦艦や巡洋艦の艦載機として引渡しを開始し、1943年までに三菱で試作機4機を含んで528機、佐世保工廠で180機、計708機が生産された。
本来の目的である弾着観測は艦隊決戦がほとんどなかったために、偵察や船団護衛、対潜哨戒、はたまた戦闘機が展開していない離島における防空戦闘など様々な任務に供された。
 外見こそ複葉で古めかしい感のある本機だが、1943年頃までは敵戦闘機や爆撃機、攻撃機などと真っ向から渡り合い、多数とはいかないまでも撃墜も多々記録している。
また1945年春には、アメリカ本土唯一の爆撃記録を持つ藤田信雄少尉が本機を駆って、日本攻撃に飛来したF6Fヘルキャット戦闘機の迎撃に参加し、未確認ではあるが1機を撃墜するという戦果も記録している。
1943年以降はさすがにその性能にも陰りが見え、第一線任務からは外されて船団護衛や対潜哨戒を主任務とし、一部の機体は沖縄戦において特攻機としても使用された。

零式水上観測機一一型 佐伯海軍航空隊「サヘ-16」

佐伯海軍航空隊「サヘ-16」”

■零式水上観測機一一型
後期の標準的な零観の塗装で、濃緑/灰緑色の迷彩塗装。
フロートは濃緑が剥がれて下地の灰緑色が露出している。
水上機の場合はとくに摩耗の激しいフロート部は入念な塗装が施されているため、ジュラルミンの地肌が見えるのは稀だが、このように下地色が摩擦によつて露出している例はときおり写真でも見かけられる。

1/48 三菱F1M2零式水上観測機11型 ハセガワ

1/48傑作機シリーズNo.97 ハインケル He162 A-2 “サラマンダー”の画像

ハセガワより発売中の零式水上観測機(零観)。
零観は日本海軍が最後に実用化した複葉気というタイトルホルダーとなった機体で、同クラスでは古くはタミヤ1:50キットしか存在しなかった機体だけに発売当時は、ファンにとっては待望 のキット化でした。
キットはハセガワのスタンダードなモールド再現とディテール表現で、いささかレトロなスタイルながら素晴らしい内容を誇る製品に仕上がっている。
 零観はあまりキット運に恵まれず、このスケール(1:48)では意外にも初のキット化でした。
現在流通しているタミヤの1:50は四十年以上も前のキットで、最新のフジミの1:72においても発売から十数年が経過しています。
 ハセガワのキットだけに表面のモールドも非常にシャープで好感が持てます。
またパネルライン沿いにリベットが打ってあります。
この凹リベットについては、人によって好き嫌いが別れるかもしれません。
ただ、全体的にモールドがシャープなためあまり気にならないと思います。

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